リョウブの花(ササユリがナビゲートします)
リョウブの花が咲きました。
令法と書きます。
若葉は塩茹でして「令法飯」にします。
この語源について、
「むかし、飢餓に備えて
葉を集めるように法令で定めたから」と
いう説明があります。
また、リョウブの古名のハタツモリについて、
「畑の番人」とか
「畑の面積に応じた備蓄量の見積」とか
の解釈があります。
それに対し
植物学者の牧野富太郎博士は
「歴史的に、その証拠がない」
と書いています。
牧野博士は、また、ハタツモリについて、
「たくさんの白旗が群がり集まったように咲く花の姿」
が語源だろうとも書いています。
ちょっと遠くから見ると、
ネットを眺めていると、
新しい解釈に出会いました。
和泉晃一さんの「リョウブの語源」
http://www.ctb.ne.jp/~imeirou/soumoku/m/ryoubu.html
です。
「白花の総状花序を、
瑞祥(ずいしょう)の
白龍の尾に見立てた」
というものです。
地上に咲くオカトラノオ(虎の尾)に対し、
樹上に咲く白龍の尾に見立てたという説です。
なるほど、
オカトラノオの花穂
と
リョウブの花穂
との対比ですね。
11世紀初頭の能因法師の歌には
「令法」と「はたつもり」が同時に出てきます。
和泉さんは、
リャウブという音を、
「令法」という嘉い字を選んで用いた
と考えているようですが、
「龍尾」も結構、嘉い字なのに、
なぜでしょうねぇ。
ここからは、
私の妄想です。
山登りの好きな方は、
大分県の久住山をご存知でしょうか。
あの久住という名称は、
「観音令法久住」に由来します。
「観音様が間違いなく永遠にこの山にお住まいになる」
という意味です。
「令法」には
「間違いなく」
という意味があって、
「この木の葉を蓄えておくと
飢饉のときにも
間違いなく生きながらえる」
という意味を込めたのではないでしょうか。
マダラ模様を見ながら、
「両部曼荼羅」のリョウブですよ
という説明を受けたこともあります。
山岳密教が盛んになったころ、
いろいろな意味を込めて、
「令法」の字が広まったのではないか・・・?
と想像しています。
ナビゲーターはササユリでした。